ケミカルエンジニアのTips&Note

化学メーカーで働く中堅エンジニアの技術ブログ。

【蒸留】導入編② 蒸気圧を表す式 ~Antoine(アントワン)式~

 

今回は前回解説した蒸気圧はどのような数式で表されるかについて解説します。

 

 

数式で表すことの意義

 

少し本題から逸れますが、現象を数式で表現することの重要性について少し話をしておきます。プラントエンジニアは定量的に設備設計や運転条件を決めることが仕事なので、現象を数式で表すこと、つまりモデルをつくることは重要な仕事です。逆に言えば、それができればその現象のポイントは理解したということになり、どのような変化(運転条件変更や増産など)にも対応できるということです。それほど数式で表現するということは重要です。そのため、化学工学の教科書にもいくつものモデルが書かれています。今回の蒸気圧という物性を数式で表すことはその一歩です。

 

蒸気圧を表す式 ~Anotoine式~

では、本題に入っていきましょう。

温度Tと蒸気圧Pの関係を表す代表的な式として次のAntoine(アントワン)式があります。A,B,Cは物質に特有の定数で、汎用物質であれば、だれかが実験をして求めたものが文献に載っていいます。文献になければ自分で実験を行い、求める必要があります。

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Antoine式

例えば、水の場合は次の式で表されます。
温度Tと蒸気圧Pの関係のグラフ(蒸気圧曲線)を書くと次のようになります。 

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水のAntoine式

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水の蒸気圧曲線

Antoine式を使用する際の注意点

Antoine式を使うときの注意点が2点あります。

1点目は温度・圧力の単位、Ln(自然対数)かLog(常用対数)かで定数が異なります。
ですので、検算として標準沸点(大気圧での沸点)が近い値になっているかは最低限確認して下さい(蒸気圧曲線中の赤点)。前回解説した沸点の意味を思い出してください。沸点とは「大気圧=蒸気圧となる温度」ですので、水の場合は760mmHg(=101.3kPa)で100℃になっていればOKです。
さらに、他の圧力での文献データがあれば、それらも確認するようにしてください。

2点目は、文献等で与えられる定数には適用範囲があることです。
適用範囲は定数算出時の実験や計算過程で決められており、範囲外で使用した場合は一定の誤差を含む可能性があると考える必要があります。使用したい条件が範囲外であればどの程度誤差があるかについては、文献で実測データを探す、もしくは自分で実験を行い確認しましょう。

 

Antoine式の理論根拠 ~Clasusius-Crapeyron式~

Antoine式の理論根拠はClausius-Clapeyron(クラジウス-クラペイロン)式です。
この式は熱力学の法則から蒸気圧、蒸発に伴う体積変化、蒸発潜熱と温度の関係を導いた理論式です。
これを次のように仮定をおいて式変形しC=273.15とすると、Antoine式と同じ形になることからわかるかと思います。ちなみに、Anotine式でC=273.15とならないのはClausius-Clapeyron式導出の際に使用した下線部の仮定により生じる実データとの誤差を補正するためです。

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ここで両式を見比べるとAntoine式B値=0.2187ΔHと蒸発潜熱と比例することがわかります。
また、Troutonの通則Hildebrandの通則により蒸発潜熱と標準沸点は多くの物質でおおよそ比例関係にあることがわかっています。
ちなみに、この通則は結構便利で、標準沸点はわかるが蒸発潜熱がわからない物質に出会うことが多々あります。その際、蒸発潜熱は測定するか、分子構造から推算することになりますが、それらで得られた値の妥当性の確認に用いることができます。また、概算でよければ通則から得られた蒸発潜熱を使用する場合もあります。

   Troutonの通則:⊿Hv/Tb = 21

   Hildebrandの通則:⊿Hv = 38.3 Tb-5426

少し脱線しましたが、Antoine式のB値の話に戻ります。上記の話をまとめると、B値∝蒸発潜熱∝標準沸点という関係になっていることがわかります。
自分で実測した蒸気圧からAntoine定数を求める際、Excelのソルバーを使って最小二乗法で解くことが多いですが、その場合3変数の非線形方程式となるため初期値によって解が異なることが多々ありますが、B値と標準沸点の関係から適切な初期値を設定することで、良好な解を求めることができます。(実はもっと精度の高いAntoine定数の求め方もありますが、それは別の記事で紹介したいと思います)
また、Antoine定数(C値も)が化学構造に関係していることが以下のリンクにまとまっています。非常におもしろいので読んでみることをお勧めします。

pirika.com

 

終わりに 

今回は蒸気圧を表す式について解説しました。ほとんどのエンジニアがAntoine式を使用していますが、B値と沸点の関係を含め、式の意味を理解しているエンジニアは少ないように思います。こういったところが技術力の差となって現れますので、本質理解を疎かにしないようにしましょう。(私自身への戒めも含んでいますが)